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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)379号 判決

原告 藤本商事株式会社

右代表者代表取締役 藤本吾朗

右訴訟代理人弁護士 中村勝美

被告 安藤幸好

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 田中紘三

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

〔請求の趣旨〕

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金二、三七三万三、六〇〇円及び内金六一四万四、〇〇〇円に対する昭和五二年一〇月一二日から、内金一、七五八万九、六〇〇円に対する昭和五一年三月二一日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  仮執行の宣言。

〔請求の趣旨に対する答弁〕

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

〔請求原因〕

一  原告は、別紙手形目録記載の為替手形二通(以下「本件手形」という。)を所持している。

二  協同組合メルシーチェーン(以下「メルシー」という。)は、昭和五〇年一二月二〇日、本件手形の引受けをした。

三  原告は、本件手形を呈示期間内に支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。

四  本件手形の引受当時、被告安藤は、メルシーの代表理事であり、被告宇井は、メルシーの専務理事(仮にそうでないとしても、専務理事を名乗って)として常勤し、非常勤の被告安藤に代わって、メルシーの業務全般を執行していた。

五  被告らは、メルシーの代表理事又は専務理事として、その職務を行うについて悪意又は重大な過失によって、十分な資金繰りの準備がないのに本件手形の引受けをした。そのため、原告は、本件手形の額面金額に相当する二、三七三万三、六〇〇円の損害を被った。

したがって、被告らは、原告に対し、中小企業等協同組合法三八条の二第二項所定の損害賠償責任がある。

六  仮に本件手形の引受けが遠藤昌三郎によって偽造されたものであるとしても、被告らには、メルシーの印章及び手形用紙の保管を怠った過失があり、民法七〇九条による損害賠償責任がある。

七  また、メルシーは、職員約三五名程度であり、被告らは、メルシーの代表理事又は専務理事として、職員の業務の執行を監督すべき者であった。遠藤は、メルシーの経理担当職員であり、その業務の執行について本件手形の引受けを偽造し、前記損害を原告に与えたのであるから、被告らは、原告に対し、民法七一五条二項による損害賠償責任を免れない。

八  原告は、その後、メルシーから、本件手形のうち(一)の手形金六一四万四、〇〇〇円に対する昭和五一年三月五日から昭和五二年一〇月一一日までの年五分の割合による遅延損害金の支払を受けた。

九  よって、原告は、被告らに対し、連帯して、損害賠償金二、三七三万三、六〇〇円及び内金六一四万四、〇〇〇円に対する昭和五二年一〇月一二日から、内金一、七五八万九、六〇〇円に対する昭和五一年三月二一日から、各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

〔請求原因に対する認否〕

請求原因第一項の事実を認める。

請求原因第二項の事実を否認する。

請求原因第三項の事実を認める。

請求原因第四項のうち、被告宇井がメルシーの専務理事(専務理事を名乗っていたことを含む。)であったことを否認し、その余の事実を認める。

請求原因第五項ないし第七項の事実を否認する。

請求原因第八項の事実は知らない。

〔抗弁〕

一  仮に遠藤昌三郎による本件手形の引受けがメルシーの職員としての業務の執行に当たるとしても、被告宇井は、遠藤の選任監督について相当の注意を払っており、本件手形の引受けは、後記第二項のような態様で行われたものであるから、被告宇井には、これを防止すべき手段はなかった。

二  遠藤昌三郎は、メルシーの事業本部事務所で、他の職員が帰宅した隙を見て、専務理事席の机の中にあった合いかぎで金庫を開け、メルシーの手形用紙から何枚かを切り取ってはずし、メルシー印及び代表理事印を用いて右手形用紙に押印し、情を知った(仮にそうでないとしても、重大な過失によってこれを知らなかった)ワールド産業株式会社の主宰者である勅使河原俊明に対し、額面金額及び満期を白地にした本件手形を交付した。このような事情であるから、被告らには、損害賠償責任はない。

〔抗弁に対する認否〕

抗弁第一項及び第二項の事実を否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  原告が本件手形を所持しており、これを呈示期間内に支払場所に呈示したが、支払を拒絶されたことは、当事者間に争いがない。

しかし、《証拠省略》によれば、本件手形は、メルシーの経理事務を担当していた遠藤昌三郎が、昭和五〇年九月一五日ころ、ワールド産業株式会社を事実上主宰する勅使河原俊明の依頼を受け、被告らに無断で、夜間、他の職員が帰宅してから一人でメルシーの事業本部事務所に残り、専務理事室の金庫のかぎを開け、そこに保管されているメルシーの代表理事印を一時盗み出し、遠藤と同じくメルシーの経理事務を担当していた得平節子が事務室の金庫に保管していたメルシーの手形用紙の引受人欄に右代表理事印及び得平が保管していた手形の作成に用いられるメルシーの記名印を押印して手形引受けの偽造を遂げ、額面金額欄、支払期日欄、振出日欄及び受取人欄を記入しないで、勅使河原に交付した偽造手形であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない(なお、《証拠省略》によれば、原告は、メルシーを相手方として提起した本件手形の手形金請求訴訟で、本件手形が真正に引き受けられたものと推定されて、原告勝訴の確定判決を得ていることが認められるが、この事実は、右認定の妨げとなるものではない。)。

そうすると、メルシーが本件手形の引受けをしたことを前提として、被告らに対し、中小企業等協同組合法三八条の二第二項所定の損害賠償責任を問う原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

二  次に、原告は、被告らに対し、メルシーの印章及び手形用紙の保管を怠った過失があると主張するが、メルシーの代表理事印は、無断で他人に使用されないように専務理事室の金庫の中に施錠して保管されていたものであり、手形用紙も、メルシーの経理事務を担当していた得平節子をして事務室の金庫に保管させていたものであるから、被告らに保管上の過失があったことを認めることは困難である。のみならず、仮に何らかの保管上の手落ちがあるとしても、そのことと原告が被ったと主張する損害との間には相当因果関係がないというべきである。

三  被告らの代理監督者責任の存否について判断する。

被告安藤が本件手形の引受当時メルシーの代表理事であったことは、当事者間に争いがない。しかし、民法七一五条二項にいう「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者」とは、客観的に見て、使用者に代わって現実に事業を監督する地位にある者を意味するのであるから、単に被告安藤がメルシーの代表理事であるということだけから、直ちに、同条項を適用して、その個人責任を問うことはできない。被告安藤が現実に遠藤昌三郎の選任監督を担当していたことについては、何らの主張立証もなく、かえって、原告は、被告安藤が非常勤であって、常勤する被告宇井が、被告安藤に代わって、メルシーの業務全般を執行していたことを自認するのであるから、遠藤の行為について被告安藤に対し代理監督者としての責任を問うことはできない。

被告宇井がメルシーの業務全般を執行していたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告宇井は、メルシーが設立された昭和四七年四月から昭和五〇年一〇月末ころまでメルシーの専務理事であったが、昭和四九年三月、公共職業安定所の紹介によって遠藤昌三郎を知り、自己が面接試験を実施し、メルシーの理事会の承認を得て、同人を職員に採用したこと、遠藤は、メルシーの経理事務を担当する職員として、支払に関する伝票の作成、その集計、メルシーの組合員に対する集金、帳簿の記入、メルシーが振り出す約束手形用紙に所要事項を記入するなどの補助的な仕事をしており、その直属上司は、得平節子であり、責任者である得平の指導監督を受けていたこと、メルシーでは、取引先に対する支払について約束手形を振り出し、為替手形を利用することはなかったが、その約束手形についていえば、被告宇井は、得平が持ってくる振替伝票、請求書を確認してから約束手形用紙の振出人欄に専務理事印を押印していたこと、メルシーでは、毎年三月、六月、九月及び一二月の四回にわたり、公認会計士による会計監査を実施しており、その会計監査においても、遠藤による本件手形引受けの偽造が発覚しなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告宇井は、メルシーの代理監督者として遠藤の選任監督について相当の注意を払っていたというべきであり、前認定のような態様で行われた遠藤による本件手形引受けの偽造を未然に防ぐことは、至難のわざであって、これを被告宇井に要求することは酷であるから、遠藤の行為について被告宇井に対し代理監督者としての責任を問うこともできない。

四  よって、原告の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安達敬)

〈以下省略〉

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